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いつまでもネコだと思うなよ。

まあ、なんだ。ネコが言うことだから許せ。

平等の格差、あるいは妬むものたちへの死亡宣言

ネコです。

ごぶさたです。

最近、格差について考える事由が増えた。書いてみたいと思う。もちろん、ひとつは相対的貧困の女子高生であり。もう一つは、混血女性政治家の国籍問題である。

さて格差問題ですがそれ以前に平等というものを理解していないバカが多いので抑えておきたい。

平等であるべきなので叩くべきという自己責任のカルマに陥るバカ

平等とは?公平、公正とは何か。なんていうとルソーからロールズ。一時期流行った、正義論まで行くのでその辺は基礎教養として抑えとけ。大概の法哲学やらのあんちょこ読んどけばなんとかなる。もちろん、原典や民主制の基礎、一神教教圏における神の子としての平等として聖書学やクアルーン。日本語名コーランまで遡れば望ましいが、まぁいい。

しかしながら現代において重要なのは二つだ。アタマにたたきこめ。

機会の平等と結果の平等

これだけだ。

前提として平等という概念は自由主義、自由意志の問題と僅かに反しもしつつ、現代では概ね折り合いをつけてる。自由に行動し、選択したとしても人間としての平等は保障されるべきという法概念である。

貧困は人工物である。

努力は確率論である。

普通が悪いなら子供は幸せになれない

リスタートできない人生は世の中のせいである。

まあ、この区別が自己責任と努力と根性にリンクしてる奴には全く通じない。 ベストセラーの言ってはいけないとか。 愚かも甚だしい。

ニャー